警備業法は、なぜ生まれたのか――東京オリンピックと混乱の時代が生んだ制度
- sinsirokeibi
- 1月14日
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現在、警備業は「警備業法」という法律のもとで運営されています。警備員の教育、資格、欠格事由、業務範囲――これらはすべて、この法律によって定められています。
しかし、この警備業法がなぜ制定されたのかを知っている人は、意外と多くありません。そこには、日本社会が大きく変わろうとしていた時代背景と、警備業界が抱えていた深刻な問題がありました。
高度経済成長と「警備」という仕事の誕生
戦後の復興期を経て、日本は高度経済成長期に突入します。都市部では工場や建設現場が急増し、商業施設やイベントも次々に生まれていきました。
それに伴い、・夜間の見張り・工事現場の安全確保・催し物の整理
といった「警備的な仕事」が必要とされるようになります。
当時、こうした業務は法的に明確な位置づけがなく、誰でも名乗れば警備会社になれる状態でした。
東京オリンピックという転機
1964年、東京オリンピックの開催が決定します。これは日本にとって、戦後復興を世界に示す一大イベントでした。
競技場、選手村、交通網、観客対応。これまでにない規模で、人と物が一気に動くことになります。
当然、安全確保は国家的な課題となりました。警察力だけでは対応しきれず、民間警備の力が必要とされます。
しかし、ここで問題が浮き彫りになります。
警備会社の乱立と質のばらつき
東京オリンピックを前に、「警備需要が増える」「仕事になる」と見込んだ事業者が、一斉に警備業へ参入しました。
ところが当時、・教育の基準・業務範囲のルール・警備員の適格性
といったものは、ほとんど整備されていませんでした。
中には、・十分な教育を受けていない警備員・威圧的な態度でトラブルを起こす者・警察と紛らわしい行為をする業者
も存在し、現場は混乱します。
「警備」が、安心を生む存在ではなく、新たな不安要素になりかねない状況が生まれていました。
規制の必要性が明確になる
このままでは、・国際イベントの安全が保てない・国民の信頼を失う・治安維持に支障が出る
という危機感が、行政側に強まっていきます。
そこで浮上したのが、警備業を法律で規制し、一定の質を担保する必要性でした。
警備は、警察の代わりではない。しかし、公共の安全に深く関わる仕事である。
この位置づけを明確にするため、制度化が進められます。
警備業法の制定
こうした流れの中で、1972年(昭和47年)、警備業法が制定されます。
警備業法では、・警備業を営むための届出制度・警備員の欠格事由・教育の義務・警察権との明確な線引き
などが定められました。
特に重要なのは、警備業は「自由業」ではなく、「公共性の高い業務」であると明確に位置づけられた点です。
警備業法が守ろうとしたもの
警備業法は、警備業者を縛るためだけの法律ではありません。
・質の低い業者を排除する・真面目に取り組む警備会社を守る・警備員自身の立場を明確にする
こうした目的も含まれていました。
もし警備業法がなければ、警備という仕事は、「誰でもできる、誰も責任を取らない仕事」になっていたかもしれません。
現代につながる意味
現在、警備業法は何度も改正され、交通誘導警備、雑踏警備、施設警備など、業務区分も明確になっています。
資格制度や教育制度も整備され、警備員は「現場に立つだけの人」ではなく、判断と責任を担う専門職として位置づけられています。
その原点にあるのが、東京オリンピック前後の混乱と、「このままではいけない」という社会の声でした。
まとめ
――警備業法は、信頼を取り戻すための法律
警備業法は、混乱の中で生まれた規制であり、同時に、警備業が社会に必要とされた証でもあります。
乱立と無秩序の時代を経て、警備という仕事は、法律によって形を与えられ、信頼を得る道を選びました。
今、現場に立つ警備員一人ひとりは、その歴史の延長線上にいます。
警備業法を知ることは、単にルールを知ることではなく、自分たちの仕事が、なぜ存在しているのかを知ることなのかもしれません。



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