交通誘導のプロが見た“人が動けなくなる瞬間”
- sinsirokeibi
- 1月22日
- 読了時間: 4分

人は危険を察知すれば、逃げるものだと考えられています。理屈の上では、その通りです。
しかし現場に立っていると、その前提が簡単に崩れる瞬間を何度も目にします。交通誘導の仕事をしていると、**人は「逃げられないから止まる」のではなく、「止まってしまうから逃げられない」**という場面に頻繁に出会います。
それは災害時だけの話ではありません。日常の工事現場、イベント会場、交差点など、さまざまな場所で起きています。人が動けなくなる瞬間は、意外なほど静かに訪れます。
■ 危険が迫っても、人はすぐには動きません
「危ないです!」と声をかけても、多くの人は一瞬、動きを止めます。
逃げるのではなく、確認しようとするのです。何が起きているのか。本当に自分に関係があるのか。
この「確認のための停止」が、致命的な遅れにつながることがあります。
津波や地震、事故現場など、さまざまな事例を見ても共通しているのは、「分かってから動く」のではなく、「分かろうとして止まる」時間が存在するという点です。
■ 人は「空白」に弱い生き物です
交通誘導の現場で、最も危険なのは、誰も指示を出していない瞬間です。
・声がない・合図がない・誰を見ればよいか分からない
この状態になると、人は驚くほど動かなくなります。
進んでよいのか、止まるべきなのか。自分で判断して間違えたくない。その心理が、足を地面に縫い付けてしまいます。
これは災害時でも同じです。「誰かが言うまで待つ」「周りが動いたら動く」
群集になるほど、個人の判断は薄れていきます。
■ 「自分だけは大丈夫」という思考停止
現場で強く感じるもう一つの要因が、正常性バイアスです。
・今まで大丈夫だった・自分のところまでは来ない・少し様子を見よう
こうした思考は、決して愚かなものではありません。人間の脳が恐怖を和らげるために、自然に行う反応です。
しかし結果として、「動くべき瞬間」に体が動かなくなります。
津波の映像で、立ち止まってスマートフォンを構える人を見ることがあります。信じられないと感じるかもしれません。
ですが現場にいると分かります。あれは特別な人ではありません。誰にでも起こり得る反応なのです。
■ 人は「前例」に強く縛られます
交通誘導の現場では、「いつも通っているから」という理由で、指示を無視して進もうとする人がいます。
一方で、前例がない状況では、極端に慎重になります。
・こんな規制は初めて・こんな音は聞いたことがない・こんな揺れは経験がない
前例がないと、人は判断基準を失います。そして、動かなくなります。
災害はほとんどの場合、「前例がない顔」をしてやってきます。
■ プロは「動かす」のではなく「迷わせません」
交通誘導の役割は、人を無理に動かすことではありません。
迷わせないことが、最も重要です。
・誰を見るべきかを明確にする・動いてよい方向を一つに絞る・止まる理由を短く伝える
これだけで、人は驚くほどスムーズに動きます。
逆に、情報が多すぎても人は止まります。説明が長すぎても、動けなくなります。
災害時に必要なのも、完璧な説明ではありません。単純で、すぐに理解できる合図です。
■ 人が動けなくなるのは「弱さ」ではありません
人が動けなくなる瞬間を、「判断力が低い」「意識が足りない」と片付けてはいけません。
それは、人間の構造そのものです。
・確認したくなる・周りを見る・前例を探す・誰かの指示を待つ
これらはすべて、生き延びるための性質でもあります。
ただし、災害や事故の前では、その性質が裏目に出ることがあります。
■ だからこそ、備えは「行動」で決めておく必要があります
交通誘導の現場では、事前に動線を決め、役割を決め、合図を決めています。
災害時も同じです。その場で考えないことが重要です。考えなくても動ける形を、あらかじめ作っておく必要があります。
・揺れたら、まずどこへ向かうか・津波警報が出たら、誰の指示を信じるか・迷ったときは、どうするか
これを決めておくだけで、「動けなくなる瞬間」は確実に短くなります。
■ まとめ
人は、止まる生き物だと知ることから始まります
交通誘導のプロとして現場に立っていると、人は決して無秩序な存在ではないと感じます。
むしろ、「間違えないように」「安全であろうとして」止まっているのです。
だからこそ、動けなくなる瞬間を責めるのではなく、その瞬間が来ることを前提に、環境を整えることが重要になります。
災害時に本当に必要なのは、勇気や根性ではありません。
迷わず動ける、たった一つの道筋です。



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