魂の重さ――人は、本当に“何か”を失って死ぬのか
- sinsirokeibi
- 1月20日
- 読了時間: 3分

「人が亡くなった瞬間、体重がわずかに減る」そんな話を聞いたことはないだろうか。
それは21グラム。魂の重さだ――。
科学的には眉唾だと分かっていても、なぜか記憶に残る。この不思議な数字は、100年以上前のある実験から生まれた。
■ 魂に重さはあるのか、という問い
魂の存在は、宗教や哲学では古くから語られてきた。だが「重さ」という、極めて物理的な尺度で魂を測ろうとした人物がいる。
1907年、アメリカの医師ダンカン・マクドゥーガル。彼は「人が死ぬ瞬間、体から魂が抜けるなら、体重に変化が起きるはずだ」と考えた。
そして、瀕死の患者を特殊なベッドに寝かせ、死の瞬間の体重変化を計測するという、今では到底許されない実験を行った。
■ 有名になった「21グラム」
実験結果はばらつきが大きかった。数グラム減る人もいれば、ほとんど変化のない人もいた。
その中で、比較的はっきりと体重が減少した一例が、約21グラムだった。
この数字だけが独り歩きし、「魂の重さ=21グラム」という都市伝説が誕生する。
後に科学界からは、・測定精度が低すぎる・サンプル数が少なすぎる・死後の体温変化、呼吸停止による空気の移動などで説明できると、徹底的に否定された。
科学的には、魂の重さは証明されていない。それは、ほぼ確定事項だ。
■ それでも、この話が消えない理由
では、なぜ「魂の重さ」という話は、今も語られ続けるのか。
それはおそらく、人が「死」を単なる停止として受け入れきれないからだ。
昨日まで話していた人が、同じ姿のまま、突然「いなくなる」。体はそこにあるのに、何か決定的なものが失われている。
その“何か”に、人は名前をつけたがる。魂、心、意識、存在。
重さという形で説明できれば、少しだけ納得できる気がするのかもしれない。
■ 科学は「魂」をどう扱うのか
現代科学は、魂という言葉を使わない。代わりに、意識・脳活動・神経ネットワークとして説明する。
脳が停止すれば意識は消える。そう考えるのが、現在の主流だ。
だが一方で、・臨死体験・意識の連続性・説明しきれない主観的体験
こうした領域は、今も完全には解明されていない。
「魂がある」とは言えないが、「すべて分かっている」とも言えない。そこに、このテーマの居場所がある。
■ 魂に重さがないとしても
仮に魂に重さがないとしても、人が誰かの死を「重く」感じることは、確かだ。
喪失感は、胸にのしかかる。空気が変わったように感じる。部屋の雰囲気が違って見える。
それは物理的な重さではないが、心理的には確かに「重い」。
もしかすると、魂の重さとは、残された人の中に生まれる重さなのかもしれない。
■ 仕事の現場で感じる「見えない重さ」
人と関わる仕事をしていると、目に見えないものの存在を意識する瞬間がある。
言葉の選び方ひとつで空気が変わる。立ち位置ひとつで安心感が生まれる。
警備、医療、介護、教育。どの現場でも、「数値化できない何か」を扱っている。
それを魂と呼ぶかどうかは別として、人は確かに、見えない影響を与え合いながら生きている。
■ まとめ
魂の重さは、測れないから意味がある
魂に重さはあるのか。科学的な答えは、今のところ「ない」。
だが、この問いが何度も繰り返されるのは、人が「命」を軽く扱えない証拠でもある。
測れない。証明できない。だからこそ、人は考え続ける。
魂の重さとは、人が人である限り、手放せない問いなのかもしれない。



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