椋平広吉――地震を言い当てた男
- sinsirokeibi
- 1月15日
- 読了時間: 4分

「天空に虹が出た。あと三日以内に地震が起きる――」かつてそんな言葉を残したとされる日本人がいました。その名は 椋平広吉(むくひら ひろきち)。地震予知を研究した人物として、昭和初期の日本で知られたと言われています。
しかし、実際のところ椋平広吉について公式な歴史記録はほとんど残っていません。現存する情報の多くは、地元伝承や後年の噂話、いわゆる都市伝説として語られているものです。そうした背景を踏まえつつ、「事実」と「都市伝説」を整理しながら人物像をたどってみましょう。
椋平広吉とはどんな人物だったのか
椋平広吉は、1903年(明治36年)10月2日生まれ、1992年(平成4年)10月8日没とされる人物です。出生地は、現在の京都府宮津市付近と伝えられています。
この地域は、日本海の海風や複雑な気象現象が起きやすい場所として知られていました。天橋立や周辺の自然が古くから人々の関心を集めていたのも、こうした自然環境が背景にあります。
ただし、椋平氏がどのような教育を受けたのか、職業は何だったのかといった確かな記録は残されていません。研究者としての活動や正式な学位を得ていたという証拠もなく、少なくとも当時の大学や政府機関に所属していたという確定的な情報は存在しません。
つまり、椋平広吉に関して事実として確認できる公的な記録は非常に乏しいのです。
椋平虹――虹で地震を予知した?
椋平氏にまつわる最も有名な逸話が、「椋平虹(むくひらにじ)」という現象です。
伝承によれば、椋平氏はある日、虹のように見える光や雲の形に気づき、そこから独自の法則性を見いだしたといいます。彼は、「この虹が現れたとき、数日以内に地震が起きる」と予測し、それを観測記録として残したとされます。ある言い伝えでは、「昭和5年(1930年)の北伊豆地震」の前日に、京都帝国大学(のちの京都大学)の教授に電報で予言したという話もあります。
ただし、この電報や具体的な文書の原本が現在確認されているわけではなく、内容は後世の語り草として伝えられている情報です。そのため、虹と地震予知との関係が科学的に証明された証拠は存在しません。
アインシュタインもエジソンも?
世界の天才たちから手紙が届いたという噂
椋平氏にまつわる都市伝説の中でも、特に面白いのが「アインシュタインやエジソンから激励の手紙が届いた」という話です。
噂では、虹で地震予知をした椋平氏に対して、
アインシュタインが激励の言葉を送った
発明王エジソンから称賛の手紙が届いた
とされます。このエピソードは一見するとドラマチックですが、これを裏付ける一次史料(手紙の原本や公式記録)は確認されていません。実際、アインシュタインやエジソンが個人の予知研究に手紙を送ったという記録は、史実として確認されていないのが現状です。
この種の話は、噂や都市伝説として語られることが多く、真偽を見極めることが難しいエピソードのひとつです。
科学的な検証はどうなっているのか
虹や光学現象と地震の関連を研究しようという試み自体は、近代以降も世界各地で行われています。虹や雲の形状が気象条件を反映するという仮説は存在しますが、それを地震予知と結びつける科学的根拠は確立されていません。
実際、学術的な調査では「椋平虹」現象そのものが特別なものではなく、虹が出た場合でもそれは太陽光の屈折や氷晶の揃い方による通常の光学現象だとする指摘がされています。
つまり、椋平氏が虹と地震の法則性を見いだしたという話の多くは、伝承や噂の域を出ないのが現実です。
なぜ椋平広吉は語り継がれるのか
詳しい公的記録がほとんど残っていないにもかかわらず、椋平広吉の名前が都市伝説として語り継がれるのには理由があります。
● 人々の「自然への畏怖」
日本は地震大国であり、古来より人々は自然現象とどう向き合うかを考えてきました。そうした背景の中で、「空の色や虹で地震を予知した人物」という物語は、人々の心に強く残りやすいのです。
● 未解明の現象への興味
地震予知は今なお科学的に確立されていません。未来を知りたいという欲求が、人の興味を引きつけます。だからこそ、科学的根拠が薄い話でも「もし本当だったら…」という想像力を刺激するのです。
● 伝承とミステリーの魅力
史実と噂話が混ざり合い、やがて「真相は本人しか知らない」という伝説的な色合いを帯びるようになります。これが都市伝説として語られる所以でもあります。
まとめ
――椋平広吉という謎の人
事実として確認されていることはごく限られています。椋平広吉という名前、京都府宮津市出身とされる人物、そして「地震予知に関心を持っていたらしい」という程度です。
一方で、虹と地震予知の逸話や偉人との交流といった話は、事実として裏付けがないか、都市伝説として語られているものです。
歴史と伝説が混ざり合う人物――それが椋平広吉です。実像は霧の中にありますが、だからこそ人々の想像力を刺激し続ける存在でもあります。



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