干支は12年では終わらない ― 十干十二支と「甲子園」に刻まれた時間の思想
- sinsirokeibi
- 2025年12月29日
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「今年は何年?」と聞かれて、多くの人は十二支で答えます。
しかし、実は干支の正式な仕組みは十干十二支(じっかんじゅうにし)と呼ばれ、12年で終わるものではありません。
日本史や地名、出来事の裏側には、この十干十二支が深く関わっています。
まず十干とは、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類。
十二支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類です。
この2つを順番に組み合わせていくことで、60通りの年が生まれます。
10と12の最小公倍数が60であるため、干支は60年で一巡するのです。
つまり、本当の意味で「同じ干支の年」が巡ってくるのは60年後。
これを還暦と呼ぶのも、この思想が由来です。

この十干十二支は、単なる暦ではなく、「時代を象徴する記号」として歴史に刻まれてきました。
その代表例が甲子園(こうしえん)です。
甲子園球場が完成したのは1924年。
この年が、十干十二支の最初にあたる甲子(きのえね)の年でした。
甲子は「始まり」「新しい循環の出発点」とされ、縁起が良い年と考えられてきました。
そこで、「甲子の年に完成した球場」として甲子園と名付けられたのです。
単なる地名ではなく、「新時代の象徴」という意味が込められていました。
歴史上の大事件にも、十干十二支は名を残しています。
壬申の乱(じんしんのらん)は672年、壬申の年に起きた政変です。
戊辰戦争(ぼしんせんそう)は1868年、戊辰の年に始まった内戦で、日本の時代が江戸から明治へと大きく転換しました。
これらの名前は後世の人が付けたものですが、出来事を年号と結びつけることで、「時代の転換点」であることを強く印象づけています。
十干十二支は、歴史を整理し、意味づけるための道具でもあったのです。
現代では暦としての意識は薄れましたが、十干十二支は今もなお、年賀状、還暦祝い、地名や行事の中に静かに生き続けています。
私たちは気づかないうちに、千年以上続く「時間の思想」の上で生活しているのかもしれません。



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