「丙午(ひのえうま)」に関する考察―なぜ丙午は嫌われたのか。迷信の正体と、現代人が向き合うべき距離感
- sinsirokeibi
- 2025年12月30日
- 読了時間: 2分

十干十二支の中で、特別な意味を持つ年があります。
それが丙午(ひのえうま)です。
丙午の年には「女の子が生まれると気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信が広く知られています。
この迷信は、現代人の感覚からすると非科学的で理不尽ですが、実際に日本社会へ大きな影響を与えてきました。
最も分かりやすいのが出生数の激減です。
直近では1966年(昭和41年)が丙午の年でした。
この年、日本の出生数は前年と比べて約25%も減少しました。
さらに120年前、1906年(明治39年)の丙午でも、同様に出生数が大きく落ち込んでいます。
では、なぜここまで信じられたのでしょうか。
迷信の背景には、江戸時代に広まった八百屋お七の物語があります。
恋に狂い、放火事件を起こしたお七が丙午生まれだったという話が、人々の記憶に強く残りました。
「丙午の女=気性が激しい」というイメージが定着し、時代を超えて語り継がれたのです。
また、当時は火災が最大の災害でした。
「丙」は火の性質を持ち、「午」も火に属すると考えられていたため、「火が重なる年=災いが起きやすい年」という解釈も迷信を強めました。
しかし、現代では医学も統計も発達しています。
丙午生まれだから性格が決まる、運命が決まるという科学的根拠は一切ありません。
それでも、迷信が完全に消えないのは、人が「説明できない不安」に意味を与えたがる存在だからでしょう。
興味深いのは、出生数が少なかった世代が、必ずしも不幸ではなかった点です。
むしろ、受験競争が緩やかだった、学校や就職でライバルが少なかったなど、結果的にメリットを感じた人も多くいます。
少人数だからこそ、教師の目が行き届いた、チャンスが回ってきやすかった、という声もあります。
迷信によって生まれた「少ない世代」は、必ずしも不利ではなかったのです。
これから迎える丙午の年に、私たちはどう向き合うべきでしょうか。
恐れるのではなく、「昔はこう考えられていた」と理解しつつ、判断は理性に委ねる。
その距離感が、現代人に求められている姿勢ではないでしょうか。
十干十二支は文化であり、歴史です。
しかし、未来を決めるのは干支ではなく、私たち自身なのです。



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