怪我を乗り越え567本塁打!門田博光の波乱万丈なプロ野球人生
- sinsirokeibi
- 2025年6月16日
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日本国内における歴代ホームラン記録は1位が王貞治氏、2位が野村克也氏である。では3位は…?意外と知られていない門田博光氏の伝説をまとめました。
「不惑の大砲」門田博光の伝説とホームラン記録
1. 門田博光とは?
門田博光(かどた ひろみつ)は、日本プロ野球界を代表するスラッガーの一人であり、通算567本塁打を記録した歴代3位のホームラン王です。彼は南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)を中心に活躍し、40歳を超えてもホームランを量産した「不惑の大砲」として知られています。
門田は1948年に山口県で生まれ、奈良県の天理高校へ進学。高校時代は俊足・強肩の選手として活躍し、甲子園にも出場しました。その後、社会人野球を経て1969年に南海ホークスへ入団。プロ入り後は巧打者として活躍し、やがて長距離砲としての才能を開花させました。
2. 伝説のホームラン記録
門田博光の通算567本塁打は、日本プロ野球歴代3位の記録です。特に40歳を超えてからもホームランを量産し、1988年には44本塁打・125打点で本塁打王と打点王の二冠を獲得しました。この年、彼は史上最年長でパ・リーグMVPにも輝き、「不惑の大砲」として話題になりました。
門田のホームラン記録の特徴:
40歳で44本塁打(王貞治の40歳時の記録を超える)
通算567本塁打(歴代3位)
本塁打王3回、打点王2回
プロ23年間で2566安打、1678打点
3. 伝説のエピソード
門田博光には、数々の伝説的なエピソードがあります。その中でも特に有名なのが以下の話です。
① アキレス腱断裂からの復活
1979年のキャンプで、門田はアキレス腱を断裂し、選手生命の危機に陥りました。当時、アキレス腱の断裂は「復帰不可能」とされていましたが、門田は驚異的な回復力を見せ、翌年には本塁打王を獲得。彼は「ホームランを打てば足に負担はかからない」と考え、全打席でホームランを狙うスタイルへと変化しました。
② 野茂英雄との対決
1990年、門田は新人・野茂英雄との初対決を楽しみにしていました。「自分が最初にホームランを打ってやる」と祈りながら打席に立ち、狙い通りストレートを弾丸ライナーで右翼スタンドへ運びました。この時、門田は41歳。ベテランの意地を見せた瞬間でした。
③ 1キロのバットを振り続けた男
門田は、飛距離を伸ばすために1キロの超重量バットを使用していました。通常のバットは900g前後ですが、彼は筋力を鍛え、重いバットを振り抜くことでホームランを量産しました。門田のバットスイングは、まさに努力の結晶だったのです。
④ 「ヒットならなんぼでも打ちまっせ」
門田がプロ入りした際、監督の野村克也に「ヒットならいくらでも打てる」と豪語しました。しかし、ホームランにこだわる門田は、野村の「ヒットの延長がホームラン」という指導を受け流し、結果として567本塁打を記録しました。野村は門田を「南海の三悪人」の一人と呼びながらも、その才能を認めていました。
4. まとめ
門田博光は、努力と根性で日本プロ野球界に名を刻んだ伝説のスラッガーです。アキレス腱断裂からの復活、40歳を超えてもホームランを量産する驚異的なパワー、そして野球に対するこだわりは、多くのファンに感動を与えました。彼の記録とエピソードは、今後も語り継がれていくことでしょう。



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